今朝の夢の話

切望はうれしい。

将来のパーソンではなく、眠って探るパーソンの切望です。

医学やロジカルにもいまだ完全にはその原理が検討されていないが、大雑把に言うと脳に溜まった諳記のコーデと不要な諳記の省略辺りが行われていると言われる。

端末で言うところの検証ディスクや衛生、デフラグを一気に行っているようなムードだろうか。

Windows98時代のデフラグスクリーンを見るのは楽しかったな…って、そういう相談は置いといて、そう、夢の相談。

夢の中では、現状では起こり得ないようなことがある。

生身で空を飛んだり、テレポートしたり、アニマルが喋ったり、既に会えない自分が出てきたり。

ただ、夢の面白さはそこだけではない。

起き抜けに切望ダイアリーを書いておくといった勘づく。

夢の中では体系展開が無茶苦茶なのだ。

「今日はお盆休日だけど、スーツを着てしまったから仕事お日様に変更しよう」
なんて妙なことを平気で図る。

これでちゃんと諳記が整理されているのか心配になって仕舞う。

この原因は恐らく、夢を見る際に活発になるのが右脳であるからだと窺える。

左脳のロジカル思考テクノロジーが封印されてしまい、持ち味を優先して仕舞うのだろう。

切望から醒めた一瞬、のほほんと身は何を馬鹿なことを言っていたんだというセルフツッコミを混ぜることになるが、その突拍子もなさが、ある種の感覚になることもある。

私のように嗜好で創作注力をしている人となりにはとってもジョークになったりも講じる。

だいたいジョークと言ってもシュールなベクトル限定ではあるが。